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ロシア旅行記 懐かしのサンクトペテルブルク

一年以上の長きに亘って書き続けて来たロシア旅行記、
ようやく今回で完結です。
とは言っても、語るべきことはもう大体語り尽くして、これ以上取り立てて書くようなこともありません。
その後更にいろんな国を旅して回ったこともあり、今思い出すと、霞の向こうに遠くの山を振り返っているような気分になります。



ペテルブルクは本当に美しい街でした。
人も穏やかで優しく、居心地が良かった。
エルミタージュ美術館を始め、短い滞在で見られなかったものが沢山あるので、いつかまた再訪したいと思っています。
僕は寒さに弱いので、なるべく暖かい時期を選んで。



ペテルブルクを離れる日の朝、もう一度チフヴィン墓地を訪れて、
ドスト先生のお墓に挨拶して来ました。
その時一つ先生と約束したことがあります。

次に来る時までに未読の他の作品もちゃんと読んでおく、ということです。

全作品制覇を目標にしてしまうと、一生かかっても二度とペテルブルクの土を踏めないということになりかねませんが、少し手加減してもらって、せめて代表作と呼ばれるものは読んでおきますと。
この一年他のことにかまけていて約束のことは忘れてましたが、
今これを書いてて思い出した。
今年の目標の一つに加えようと思います。
来年か再来年くらいには、またドスト先生に報告に行けるように。

ペテラス98 ペテラス97 ペテラス100
ペテラス99



思うところは以上です。
後は今まで貼りそびれていた写真をノンジャンルでまとめて貼っていきます。
絞り切れずまた大量になってしまいました。すみません。
よろしければご覧下さい。



ペテラス1 ペテラス3 ペテラス2
ペテラス4
ペテラス5 ペテラス107 ペテラス7
ペテラス8




ペテラス9
ペテラス10 ペテラス11 ペテラス12
ペテラス15 ペテラス14 ペテラス16




ペテラス17 ペテラス18 ペテラス20
ペテラス19 ペテラス21 ペテラス22
ペテラス23 ペテラス24 ペテラス25
ペテラス26 ペテラス27 ペテラス28
ペテラス29 ペテラス30




ペテラス31 ペテラス32
ペテラス33 ペテラス34 ペテラス35
ペテラス36 ペテラス38 ペテラス39
ペテラス40 ペテラス41




ペテラス42 ペテラス43 ペテラス44
ペテラス45 ペテラス46 ペテラス47
ペテラス48 ペテラス49 ペテラス50
ペテラス51 ペテラス52 ペテラス55
ペテラス54 ペテラス53 ペテラス56




ペテラス57 ペテラス58




ペテラス59 ペテラス60 ペテラス61
ペテラス62 ペテラス63 ペテラス64
ペテラス66 ペテラス67 ペテラス68
ペテラス65




ペテラス69 ペテラス70
ペテラス71 ペテラス72 ペテラス73
ペテラス74 ペテラス75




ペテラス77 ペテラス78 ペテラス79
ペテラス80 ペテラス81 ペテラス82
ペテラス83 ペテラス84 ペテラス86
ペテラス85 ペテラス87 ペテラス88
ペテラス89 ペテラス90
ペテラス91 ペテラス92
ペテラス94 ペテラス95 ペテラス96




ペテラス101 ペテラス102 ペテラス103 ペテラス104




さらばロシア。
そして最後は、雲の上で見た日の出の光と、
新潟上空から日本に入った瞬間の写真で締め。

ペテラス105 ペテラス106


長らくおつき合いいただきまして有り難うございました。






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00:42 | ロシア旅行 | edit | page top↑

ロシア旅行記 ペテルブルクの名所(郊外編)

続きまして、ペテルブルク郊外の観光地をご紹介。

ペテルブルク市街から車で小一時間くらいのところに、帝政時代に皇帝一族が住んでいた宮殿などが史跡として残っています。
世界遺産にも登録されている物件です。

ガイドつきのツアーで連れて行ってもらい、一通り説明を受けながら見て回ったんですが、○○1世とか××2世とか、耳馴染みのない名前ばかり次々出て来るので、早々にこんがらがってしまいました。やっぱりある程度の予習は必要ですね。

そんな訳なので例によって、説明少なめ、写真多めで行きたいと思います。



1)ペテルゴーフ
ピョートル大帝の夏の宮殿。大小様々な噴水があることで有名です。
庭園内の至る所に、それぞれに趣向を凝らした噴水が設置されています。
物凄い勢いで空高く水を噴き上げてるものもありますが、これらはポンプなどの機械的な力は使っておらず、地形の高低差を利用した自然の水圧だけによる仕掛けなんだそうです。
18世紀の技術力、恐るべし。

ゴーフ1 ゴーフ28
ゴーフ2 ゴーフ3 ゴーフ4
ゴーフ5 ゴーフ6 ゴーフ7
ゴーフ20 ゴーフ9


特に有名なのは、宮殿前の階段状の噴水広場。毎日決まった時間に一斉に噴き上がります。
ゴーフ21 ゴーフ22 ゴーフ23
ゴーフ24 ゴーフ25 ゴーフ26
親戚の叔母さんに写真見せたら「金ピカで悪趣味」と言われました。
実物は綺麗なんですよ?



庭園はバルト海のフィンランド湾に面しています。
茫洋たる眺めを見て、遠くまで来たなあ、と思ったものでした。

ゴーフ27
ゴーフ8 ゴーフ12 ゴーフ13
ゴーフ11 ゴーフ18 ゴーフ14
ゴーフ16 ゴーフ15 ゴーフ17
ゴーフ19


湾の向こうにペテルブルクの市街地が見えます。真ん中にぼんやり写ってるのがイサク聖堂らしいです。
横に見えてる塔は何かな?
ゴーフ10




2)エカテリーナ宮殿
Twitterの方でエカテリーナ2世の宮殿と書いたんですが、
名前の由来は本当は、エカテリーナ1世から来ているとのことでした。すみません。
1世がこの宮殿を造らせ、後にここで暮らした人たちの中に2世もいたと言うことのようです。
歴代の当主に受け継がれて行く間に、それぞれの趣味に合わせて増改築を繰り返したので、色々な建築様式が混ざってるんだそうです。

エカ宮1 エカ宮2 エカ宮3
エカ宮4 エカ宮5 エカ宮6
エカ宮7



エカ宮8 エカ宮9エカ宮10
エカ宮12 エカ宮13 エカ宮14
エカ宮16 エカ宮15 エカ宮17



エカ宮18 エカ宮19 エカ宮20
エカ宮21 エカ宮22 エカ宮23
エカ宮24



エカ宮25 エカ宮26
エカ宮27 エカ宮28 エカ宮29
エカ宮30エカ宮31 エカ宮32
エカ宮33 エカ宮34 エカ宮35


第二次大戦の時ドイツ軍の攻撃を受けて、この宮殿も大分損壊したそうですが、今は綺麗に修復されてます。
撮影禁止だったので写真はありませんが、部屋全体を大量の琥珀で装飾した「琥珀の間」が有名です。



以上、名所巡り終了。
ロシア旅行記は次でようやく最終回になりますが、
すみません。更新は年を跨いでしまいます。
それというのも本日これから、また旅行に出掛けてしまうからなのです。
今から徹夜で荷造りします。


それではみなさん、良いお年を。
来年も宜しくお願いします。
00:42 | ロシア旅行 | edit | page top↑

ロシア旅行記 ペテルブルクの名所(市内編)

政治・経済の中心であるモスクワに対して、サンクトペテルブルクはロシアの文化と歴史の中心です。
観光向きのロマンチックな文化財はどちらかと言えばペテルブルクの方に多く、海外からの観光客にはペテルブルクの方が人気があるようです。旅行会社のパックツアーでこの二都市を周遊するものは、大体ペテルブルクの方が日程が長くなってました。

特に有名なエルミタージュ美術館などは、多分ペテルブルクに行ったらみんな真っ先に訪ねる場所でしょう。
僕も当然見に行くつもりでいましたが、お墓参りとロケ地巡りを優先したせいで、結局エルミタージュには行きそびれてしまいました。
夜間のライトアップを外から見るだけは見ました。その眺めが非常に幻想的で美しく、それで満足して、中は見なくてもいいやと思ってしまった部分も、実はちょっとあったりします。
次に行く機会があれば中もちゃんと見学したいな。

エルミ1 エルミ7 エルミ3
エルミ5 エルミ8 エルミ4
エルミ11 エルミ9




ド翁関連以外の市内の名所でまともに見学したのはイサク聖堂だけでした。
エルミタージュからもほど近い、旧市街地の中心部に位置する大きな教会です。前回のロケ地巡りの記事でも少し触れましたが、『罪と罰』の劇中でも印象的な場面で遠景として登場しています。
上部ドームの周りに展望台があって、ペテルブルクの全景を360度見渡せます。
また、重厚にして荘厳な内部の様子も大変見応えがありました。

イサク8 イサク9 イサク10
イサク1 イサク2 イサク3
イサク4 イサク5 イサク6
イサク15 イサク12 イサク16
イサク17 イサク18 イサク19
イサク20 イサク21 イサク22




ロシア風のネギ坊主屋根が特徴の、血の上の救世主教会。
観光写真などでよく見かけるペテルブルクのランドマークの一つです。
皇帝アレクサンドル2世が革命派によって暗殺された場所に、息子のアレクサンドル3世がこの教会を建てた、というのがゴシックホラー風の名前の由来。
ここも夜中に側を通っただけでしたが入ってみたかった。

血の上1 血の上2 血の上3
血の上4 血の上5 血の上6
血の上7




ペトロハブロフスク要塞はサンクトペテルブルク発祥の地。
ピョートル大帝はペテルブルク建設の第一歩として、この場所に要塞を作らせました。
今回はロケ地巡りの行きがけに敷地を通り抜けただけだったんですが、この要塞はドスト先生が政治犯として収容されていた監獄でもあったので、それを考えるともう少しちゃんと見学してくれば良かったと悔やまれます。
敷地内には要塞の建物を利用していろいろな博物館が置かれています。
中央にあるペトロハブロフスク聖堂の尖塔は高さ122m。

要塞1 要塞2
要塞6 要塞4 要塞5
要塞7 要塞8 要塞9
要塞10




その他、市内の名所旧跡。
通りがかりに写真撮っただけですが一応…。

アレクサンドル・ネフスキー大修道院
エイゼンシュタインの映画で有名なロシアの聖人・ネフスキー公を祀った修道院。
ネフスキー1 ネフスキー2 ネフスキー4




カザン聖堂
ペテルブルクにおけるロシア正教の中心地。
この写真は前にも貼ったけど、他が手ブレばっかりだったんで再掲…。

カザン




クンストカメラ
正式名称はピョートル大帝記念人類学・民俗学博物館。いろいろ面白い収蔵品があるみたいです。

クンスト3 クンスト1 クンスト2




旧海軍省
イサク聖堂の近くにあり、展望台からよく見えますが、僕が行った時は補修中でした。
周りを覆いで囲った姿がパゴダっぽく見える……。

海軍省1 海軍省2 海軍省4




巡洋艦オーロラ
ロシア革命の始まりを告げる号砲を鳴らした巡洋艦。内部の見学も出来るそうです。

オーロラ1 オーロラ2




サンクトペテルブク・モスク
1913年竣工、ということは築100年ですね。5000人収容出来る大モスクです。
中央アジアがロシアに編入された時、イスラム系の住民に配慮して作られたとのこと。
現在でもロシアには多数のイスラム系住民が住んでいるそうです。ここで礼拝とかやってるのかな?

モスク1 モスク2 モスク3
モスク4 モスク6




後半郊外編に続く。
23:28 | ロシア旅行 | edit | page top↑

ロシア旅行記 ラスコーリニコフのペテルブルク その5

今回は訂正から。

先日たまたまテレビをつけた時に、Eテレのロシア語講座で『罪と罰』の舞台を歩くというコーナーをやっていて、運良く見ることが出来ました。
その中でソーニャの下宿が紹介されていたんですが、やはりと言うべきか、前にこのブログで紹介したのとは違う場所の建物でした。一応僕も記事の中で、あまりそれっぽく見えないと疑問を呈していたんですが、やはり参考にした『謎とき『罪と罰』』の地図が間違っていたようです。

テレビの映像と照らし合わせて、自分が撮った写真の中からその建物を探してみたところ、かろうじて2〜3枚写っているのを見つけました。一番分かりやすいのがこの写真。
ペテロケ125
赤いドームを戴いた建物が目立っていますが、ソーニャの下宿はその一つ手前の4階建ての建物だそうです。
天下のNHKの教育番組で現地のロシア人リポーターが紹介しているんだから、今度こそ間違いないと信じたい…。貧しい娼婦の住む家にしては小ぎれいな…という気はしますが、前のやつに比べればまだそれっぽいかな。小説の文中では3階建てと書いてありますが、日本と外国では階数の数え方が違うので…。
グランドフロア+3階という意味ならつじつまは合います。

『謎とき〜』の地図は前にも書いた通り、ロージャの下宿の位置も実際と違う場所に印がついていたりと、やはり正確とは言えないようです。これからペテルブクへ行って、この本を頼りにロケ地巡りしようという人はご注意下さい。
正しい位置は下の図のようになってます。ご参考まで。
ペテロケ124


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さて、ロケ地巡り二日目は、センナヤ広場周辺を離れてヴァシリエフスキー島周辺を回ってみました。
ヴァシリエフスキー島は、ネヴァ川がフィンランド湾に注ぐ河口に位置する巨大な三角州状の島です。島の突端でネヴァ川の流れは二手に分かれ、北側を流れる小ネヴァ川と南側を流れる大ネヴァ川になります。
小説の主舞台であるセンナヤ広場周辺からは少し離れていますが、劇中でロージャは何度かこの場所を訪れています。


13)小ネヴァ川の河岸通り
この通り沿いの橋のたもとに、ラズミーヒンが引越し前に住んでいた下宿があります。
盗品を石の下に埋めて隠した後、ロージャはふらりとラズミーヒンの部屋に立ち寄ります。

小ネヴァ川にかかる橋は二本あり、小説の文中の記述からだけでは、そのどちらがラズミーヒン宅近くの橋なのか特定することは出来ません。ただ、二本のうち一本は島の突端の一等地っぽいエリアにあるので、貧乏学生の下宿がその中に混じってあったというのは考え難い、と個人的には思います。
という訳で、多分こっちがその橋じゃないかと思うんですが……
トゥチコフ橋。
ペテロケ126
対岸に見えているのがヴァシリエフスキー島側のエリアになります。


ペテロケ128 ペテロケ127 ペテロケ131
ペテロケ132 ペテロケ136
一応ここに並べた写真の中に、二本の橋に挟まれたエリアは全部収まっているので、この中のどこかにラズミーヒンが住んでた家があるはずです。
ラズミーヒンの部屋は5階だったと書いてあるので、それ以上の高さの建物のどれかということになりますが、ぱっと見そんなに高い建物は見当たりませんね。
右下の写真の建物は大きいけれど、これは逆に立派すぎてらしくない。たもとと呼ぶには橋から離れているし……。

うん……もう作中と実際が食い違う件は諦めよう……。

島側の街並はこんな感じです。
ペテロケ133 ペテロケ134 ペテロケ135

ちなみにトゥチコフ橋は跳ね橋になっていて、船の通行時に真ん中から左右に分断されます。
その境目にこんな落書きが。
ペテロケ130



あとこれも訂正ですが、現地からのツイートで「ラズミーヒンの下宿はこの辺り?」と書いてるところがあるんですけど、その時いたのは小ネヴァ川の河岸通りではなく、大ネヴァ川の河岸通りでした。原作の記述をよく読んでいなかったための勘違いです。申し訳ありません。




14)ニコラエフスキー橋
現在のサンクトペテルブルクがソ連時代にはレニングラードと呼ばれていたように、ロシアでは時代の変化とともに地名や施設の名前が変わることは珍しくありません。
『罪と罰』の時代にニコラエフスキー橋と呼ばれていたこの橋は、その後シュミット中尉橋となり、現在ではブラゴヴェシチェンスキー橋と改名されています。おかげでちょっと、探すのに苦労しました。
ペテロケ147

ラズミーヒンの部屋を訪ねた後、ロージャはこの橋にやって来て、馭者に叩かれ乞食に間違われ、めぐまれた金を川に投げ捨てます。
何をやってるんだロージャ……。
ペテロケ146 ペテロケ138 ペテロケ141
ペテロケ139 ペテロケ140 ペテロケ144


そしてロージャは橋の上から、ペテルブルク中心部の壮麗な景観を眺めます。
その眺めの美しさに反してロージャが抱いた印象は、もの言わぬ霊が漂っているかの如きうそ寒さでした。
ペテロケ142
ペテロケ137 ペテロケ143 ペテロケ145

橋の上から見えるのは、皇帝の冬の宮殿(現在のエルミタージュ美術館)とイサク聖堂の巨大なドームです。
皇帝と教会という二大権力の象徴が、美しくも不穏なものとして描かれているのは、当時のロシアの社会状況に対するドスト先生の不信の表明ということのようです。
殺人事件の本筋から離れた挿話ではありますが、作品のテーマ的には重要な意味を持つ有名な場面です。

名前が変わっただけでなく、現在では橋そのものも大規模に改修され、19世紀当時とは違う姿になっています。
当時は橋の上に聖ニコライの礼拝堂があったそうですが、今はもうありません。
ペテロケ152



ロージャがどんな気持ちでこの風景を眺めたかはさておき、やはり綺麗な眺めだということは間違いないです。
黄昏時の青い空気に包まれた街の様子は大変ロマンチックでした。時間を忘れて写真を撮りまくってしまいました。
ペテロケ149 ペテロケ150 ペテロケ151
ペテロケ153 ペテロケ154 ペテロケ155
ペテロケ156 ペテロケ157 ペテロケ158


ペテロケ148



以上、長々とやってきましたが、ロケ地巡りはこれにて終了です。
リサーチ不足でいろいろ曖昧な情報を流してしまってすみません。

ロシア旅行記ペテルブルク編はもう少しだけ続きます。
09:33 | ロシア旅行 | edit | page top↑

ロシア旅行記 ラスコーリニコフのペテルブルク その4

しばらく中断してましたがしれっと再開。
ロケ地巡り続きます。



7)立ち聞き現場
金貸し老婆の妹リザヴェータが露天商の夫婦と立ち話しているのを、偶然通りかかったロージャが聞いてしまいます。
そこで耳にした「明日の夕刻、老婆が家で一人になる」という情報が、一度は殺しの計画を捨てようとしたロージャを引き戻し、一転して実行へ向かわせることになるという、物語の中でも非常に重要な転機の場所となったのがこの辺り。
センナヤ広場の北側の一角です。
ペテロケ73 ペテロケ74


広場を離れて北へ。
ペテロケ75
ペテロケ76 ペテロケ77
ペテロケ78 ペテロケ79 ペテロケ80
モイカ川に面したマリインスキー宮殿の横手が次の目的地です。

8)盗品の隠し場所
事件の後、警察に目を付けられたと感じたロージャは、大慌てで盗んだ金品を隠しに出かけます。
ヴォズネセンスキー通りで、壁に囲まれて人目につかない裏庭を見つけて、そこにあった石の下に盗品を埋めて隠します。
『謎とき〜』の地図に従うと、ここがその場所ということになります。
ペテロケ84 ペテロケ81 ペテロケ83
岩波文庫版の訳注によると、ドスト先生が小説に書いた裏庭が実際にこの通り沿いにあり、盗品を隠した石も、そのものズバリの実物がそこにあったとのこと。作中では庭の様子がかなり具体的に描写されていますが、それも空想で作り上げたものではないということでしょう。
となると、その裏庭が今も現存するなら、作品に書かれた通りの姿をしているはずだと考えられるのですが……
例によっていろいろと様子が違います。
ひょっとしたら隣の建物の裏庭がそれだったんじゃないかという疑念が、今になってムクムクと頭をもたげていますが………

この写真の右端にちらっと写り込んでいる建物。こっちかなあ……?
ペテロケ82



隠し場所からヴォズネセンスキー通りを再び南下します。
ペテロケ85 ペテロケ86 ペテロケ87
ペテロケ123
ペテロケ91
ヴォズネセンスキー橋(N橋)を再び通過。
次の目的地が同じ通り沿いに。

9)バカレーエフ旅館
ロージャの母プリヘーリヤと妹ドゥーニャがペテルブルクに上京して、最初に滞在した貸間があったところです。
これに関しては地図上の表記が曖昧で、この辺りのどこかだとは思うんですが、どの建物がそれなのかはちょっと分かりません。
ペテロケ92 ペテロケ93 ペテロケ94
ラズミーヒンの台詞によると、当時この辺りはあまり柄の良くないエリアだったらしいですが、現在の様子では全然そんなことなさそうですね。


更に同じ通りをまっすぐ行くと……

10)水晶宮
…という名のレストラン。
ペテロケ95 ペテロケ96
水晶とか言うので何となく、ガラス張りのキラキラした建物をイメージしてましたが、これまた思っていたのと違います。まあ当たり前か。
名前の由来はロンドン万博のパビリオンから来ているそうで、「最先端のお洒落スポット」的なニュアンスで付けられたということのようです。
今現在も地上階がレストランとして使われてるみたいですが、当時のままではなさそうですね。

新聞を読むためにここに立ち寄ったロージャは、警察署の書記ザミョートフと出会います。
ロージャを怪しいと見て様子をうかがうザミョートフに、敢えて「自分が犯人かも」と仄めかし、逆にそんなはずはないと思わせることにまんまと成功します。
刑事コロンボ的な心理戦の一幕として有名な場面。
ペテロケ97
そして店を出ようとしたロージャは、出口でばったりラズミーヒンと出くわします。
病み上がりの状態で黙っていなくなったロージャを心配していたラズミーヒンは、自分をダメにするようなロージャの生き方を厳しく叱責します。
実は僕は、このラズミーヒンの説教の場面が大好きでして。
『罪と罰』の中で好きな場面を選べと言われたら、まず真っ先に思いつくのがこの場面です。

人情に厚く、困っている人がいれば迷わず手を差し伸べ、それが当たり前で恩に着せない。頭でっかちのロージャと違って地に足の着いた知恵を持ち、大らかで率直で情熱的。美人に弱いのもご愛嬌。
ラズミーヒンは本当に理想の友人だと思います。僕もあんな風に叱られたい。
ポルフィーリーやスヴィドリガイロフなど、エキセントリックな人物ばかりの作中で、一般人代表のラズミーヒンは脚光を浴びるような役回りではないですが、彼がいなければロージャはあんな風に立ち直ることは出来なかったんじゃないかな。
僕はラズミーヒン大好きです。


ペテロケ99 ペテロケ98 ペテロケ100
大分日も翳って来たところで、フォンタンカ川のほとりを歩いてセンナヤ広場に戻ります。
ペテロケ101 ペテロケ102 ペテロケ103
ペテロケ104 ペテロケ105 ペテロケ106
ペテロケ107 ペテロケ108 ペテロケ109
ペテロケ110


11)夜のセンナヤ広場
日が暮れてからもう一度センナヤ広場に戻ってきました。
ペテロケ112 ペテロケ113 ペテロケ114
ペテロケ116 ペテロケ117
賑わってますね。レストランやショップが集まっていて、人や車の流れも絶えません。
日本企業の看板や日本食レストランもあります。
ペテロケ115 ペテロケ118
広場の南側にロージャとスヴィドリガイロフが淫蕩談義をした料亭があったということなんですが、それはどこだか分かりませんでした。
ペテロケ111

広場周辺は賑わってるのに、ちょっと離れると人気がなくて、怖いと感じるところもありました。
裏通りの一人歩きは夜間は避けた方がいいですね。
ペテロケ119 ペテロケ121 ペテロケ122

そして
12)夜のロージャ宅
ペテロケ120



ロケ地巡り、もう少し続く。
02:42 | ロシア旅行 | edit | page top↑
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