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こぼれ話(後編)

こぼれ話完結編です。


『罪と罰』過去編に登場した首藤魁という男。
ヒカルのときと同様、作者の思惑以上にキャラが育ってしまった感があります。

キザで皮肉なアウトロー。
女子にモテモテのプレイボーイ。
チャランポランに見えながら、その実仕事ではきわめて有能。
時に気の利いた警句を吐き、危険な香りを漂わせ………

まあ言ったらオトコの憧れですよ。
描いてて楽しいのも当然か。
主役のミロクが完全に喰われてしまう程、
過去編の真の主役と呼んで差し支えないキャラになったと思います。

原作ではスビドリガイロフに当たるキャラですが、
僕が若い頃に出会った何人かの人物をイメージソースとして、
キャラをふくらませる材料にもしています。
その実在の人物たちが僕にとって憧れの対象だったのか、
と言われると必ずしもそうではなく、
まあ実際には反感だったり軽蔑だったり、
そういう真逆の感情と込みだったんですけれども……。
その辺は正にそのまんま、ミロクの首藤への気持ちに重なるところではあります。


で、その首藤を描きながら、ふと思い当たる節があった訳です。

『罪と×(仮)』で僕が描こうと思っていたデプログラマー、
「(元祖)背理」のキャラクター、
首藤とかなり重なる部分があるなあと。

妖しい言辞を弄してミロクの価値観に揺さぶりをかける首藤。
その行為は言うなれば、正にデプログラムそのものです。
そして首藤は「ミロクを地獄巡りへ誘うメフィストフェレス」の役割を、
この過去編で果たし、
そしてまた、いずれ来る再登場の時にも果たすことになるでしょう。
なるといいなあ。なりますように。


つまり「背理」が「曜堂」になる時に、
抑圧され、切り捨てられた影の半身が、
十数年の時を経て、
「首藤」という人物として現れたのではないかと。

『罪と×』の遺伝子は『黒い羊』を経て、
『罪と罰』に受け継がれたと。

全3回の「こぼれ話」で言いたかったのは、要するにこのことだったのです。
ダラダラやって来た割に、結論が簡単すぎてアレだが。

作家として引き出しが少ない、
なんてことは言われなくても分かってるので言わないで下さいね!
長々とお付き合い有り難うございました。


焦がし
原稿焦がした……
火災に注意。




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06:11 | 日記 | edit | page top↑

こぼれ話(中編)

前回の続きです。
前編を読んだだけだと、過去編完結記念で何故この話題か、
多分よく分からなかったことと思いますが、
最後まで読んで頂ければ、一応話がつながる予定です。
では改めて。


以前どこかで書いたことですが、
企画立案初期の『黒い羊〜』は、出来上がって世に出たものとは随分内容が異なっていました。
後のフワケンに当たる少年が主人公で、
後の曜堂に当たる人物は、狂言回し的な役割の、二番手ポジションのサブキャラでした。
仮タイトルとして『罪と×』とつけていた時期が、丁度この時期に当たる訳です。
この頃はまだ、(後の)フワケンも(後の)曜堂も、
名前も外見も全くの別人だったんですが、
(後の)曜堂(ロンゲにメガネ、華奢な優男)が、「背理」という通り名で呼ばれている、
という設定は、既にこの時から考えていたと思います。
キャラ表に添えた説明文には、彼のことをこんなふうに書いていました。

「時には味方、時には敵。
主人公を地獄巡りに誘うメフィストフェレス」


すべての真理を否定する究極のデプログラマー=「背理」と呼ばれた男。

その呼び名を考えたときに僕が想定していた人物像は、
単にカルトの教義を否定するだけではない、
場合によっては全く逆に、常識的な社会通念や倫理観さえも否定する、
人間の精神を支配するプログラムを、それがどんな種類のものであれ、
完全に取り除き、入れ替える技術を持ったアウトロー、というものでした。
「すべての真理を否定する」と言っている以上、そうでなければなりません。
例えば時にカルトの側に立って、一般人の常識をデプログラムすることもあり得ます。
そして、その事自体の善悪は問わない。
何となれば、善悪という価値基準もまた、
デプログラム可能な価値観のひとつに過ぎないからです。
それを可能にする力を持ったこの人物は、
自分の力を弄び、面白半分にそれを揮いたがる、
危険なパワージャンキーとして描かれるはずでした。


その後企画内容の変化に伴って、
サブキャラだったデプログラマーを主役に昇格させることになりました。
ここに来てようやく、曜堂哲夫というキャラクターが誕生します。
「背理」という名に込められた危険な部分を、
僕は曜堂にも受け継がせるつもりでいたのですが、
結果的にはそれは出来なかった。
主役という立場上、また話の流れ上、
曜堂のキャラをあまりダークサイドに振ることが出来なくなってしまった訳です。
代わりにその部分を担う役割を果たしたのがアララギという人物で、
作品トータルとして見ればバランスはとれた訳ですが、
当初の予定通りの性格づけで曜堂を暴れさせることが出来ていたら、どんな話になってただろう、
というのは今でも時々思ってみたりすることです。


更に長くなったので、次回後編に続く。

去年の青砥橋
ちょうど一年前の写真だ!
06:45 | 日記 | edit | page top↑

こぼれ話(前編)

漫画アクション本日発売です。
『罪と罰』過去編、完結回掲載。
一年半前の連載開始時点でここまでの展開は大体想定していて、
今回でそれを一通り消化したというところです。
多少描き残した、と思う部分もあります。
その部分も今後の展開で、出来るだけ拾っていければと思います。

原作でのスビドリガイロフに当たる首藤魁と、
ドゥーニャに当たる裁喜乃。
二人の因縁の始まりを描いた過去編は、
原作で言えば冒頭の、長い長い母からの手紙に相当します。
これでようやく第一部の内容を消化した………
と思ったら、まだマルメラードフの身の上話が残ってる。
まだまだ先は長いですな………。


さて、過去編完結記念に、自分でもすっかり忘れていた懐かしいこぼれ話を一席。
最近になって思い出したんですが、
僕の旧作、『黒い羊は迷わない』について。

実は企画段階での仮タイトルが、
『罪と×(バツ)』
だったんですよ。

当時はまだ『罪と罰』の原作は読んでませんでしたが、
聞きかじりの知識や手塚先生の漫画版などから、
宗教的な価値観に基づいて人間の業を描いた作品だ、というイメージを持っていました。
宗教を題材として扱い、また業の深い人間の姿を描きたいと思っていた『(のちの)羊』には、
正に雰囲気がピッタリだと思っていた訳です。
もちろんそのまんまではアレなので、「罰」を「×」に変えて。
気の利いたしゃれたタイトルだと気に入っていた若き日の自分………。
企画のラフを見せたときの担当さんのしらけたリアクションが、
今もありありとまぶたに浮かんで来ます。

十数年後に本当に『罪と罰』に取り組むことになろうとは、
当時は夢にも思っていませんでした。


この話、まだ続きがあります。
長くなるので次回に続く。

青砥高架橋
05:13 | 日記 | edit | page top↑
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