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チベットへ行きたし

……と思えども、
あまりに遠し、チベットは。

皆さん、明けましておめでとうございます。
今年もどうぞ宜しくお願いいたします。

昨日の夕方実家から戻ってきました。
アシスタントもいないので、普段はやりませんが、
テレビを見ながら作業を再開。
NHKの『青海チベット鉄道』の特番を見ました。
旅ものの番組は好きです。『ふしぎ発見』とか『ウルルン』とかも好き。
地域で言えばやはり、中国やインドなどのアジアものはついつい見てしまいます。

とりわけチベットには思い入れがありまして。
テレビやラジオでチベットの話を耳にする度、
甘酸っぱいような、苦いような、複雑な気持ちが抑え難く湧いて来て、
何かいたたまれないような心地になります。

『鉄人』一巻の巻末付録記事でちょっと触れていますが、
僕は学生時代に一度、中国を旅行したことがあります。
その時、チベット族自治区の区都・ラサにも行きました。
1989年3月。
天安門事件の三ヶ月前です。
日本ではあまり知られてないと思いますが、この時ラサでもチベット族住民によるデモがあり、
人民解放軍との衝突が起きました。
僕が飛行機でラサに入った時には一時平穏を取り戻していたのですが、
次の日から戒厳令が敷かれ、旅行者はホテルから外に出ることが出来なくなりました。
僕自身は高山病でフラフラになっていたので、どっちみち外に出られる状態ではなかったんですが、
更に次の日には、外国人はチベットから強制退去となり、
僕を含め、居合わせた旅行者たちは、飛行機やバスでラサから追い出されたのです。

そのような状況にある場所に、大した危機意識もなく物見遊山で乗り込んで行った自分は、今思えば本当に浅はかだった。
今の時代だったら2ちゃんねる辺りでDQN扱いされても仕方ない愚行だったと思います。
そう思えば非常に恥ずかしい話ではあるのですが、
一方自分個人の思い出としては、40年近い人生の中でも特に印象深い出来事の一つであり、
行ってみなければ知り得なかった得難い体験として、今も鮮明に心に残っているのです。

強制退去の時、ホテルのチベット人スタッフの人たちが、去り行く旅行者たち一人一人の首に、白いガーゼのような布をかけてくれました。
チベットで旅人に敬意を表し、旅の平安を祈る習慣なのだそうです。
無責任な旅行者の不謹慎な言い草ですが、
僕にとっては美しい思い出です。


そんな訳で、まあ甘かったり苦かったりな訳なんですけれども、
去年開通したこの青海チベット鉄道に対する気持ちも複雑です。
酸素マスク常備で5000m級の峠を越えて行く鉄道旅行。
世界の屋根の風景を眺めながら、安心して旅が出来るのは素晴らしい。
今度また中国に行く機会があれば是非乗ってみたい路線ですが、
しかし一方、これが出来たことでチベットの中国化がますます進むかと思うと……。
チベット文化の独自性をいつまでも失わないで欲しい、と願う立場からすると、
手放しで喜ぶことも出来ない気がします。
テレビで紹介されていた乗客の中に、ラサにショッピングモールを作りたいと言ってる実業家の人がいましたが、何だかなあ……。
でも、巡礼でラサに行くチベット族の家族の嬉しそうな様子を見ると、一概に否定も出来ないし……。


今度の連載が終わったら、また中国に行ってみようかな。
いつになるかは分かりませんが……。

案の定、テレビつけてる間、殆ど作業は進みませんでした。


元日の夜

元日の夜。
チベットはあまりにも遠い……。
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