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ロシア旅行記 モスクワのドストエフスキー

ちょっと間が空いてしまいました。すみません。
いそいそと再開。
ようやっとドストエフスキー先生の話です。


モスクワに着いた次の日、
クレムリン観光に出かけた僕は、地下鉄から地上に出てすぐのところで、
いきなり思いがけず、ドスト先生の銅像に出会いました。
場所はロシア国立図書館前。
建物の正面に、腰を下ろして思索するふうのドスト先生像が設置されています。
さすが国民的大作家。
ロシアの文化と教養を象徴する場所に、それを代表する人物として置かれている訳です。
街に出た最初の一歩で予期せずこの像に出会ったので、
ああ、先生の国に来たんだなあと、改めて強く印象づけられました。

当然先生の御尊影を写真に収め……
はしたんですが、ここに載せるのはやめておきます。
像の周りに鳩が沢山集まっていて、その糞害がちょっと見るに忍びない状態だったので…。
きっと定期的に掃除はしてるんでしょうけど、たまたま谷間の時期だったんですかね。
出来れば毎日洗ってあげて欲しいです。



モスクワはドストエフスキー先生の生まれ故郷でもあります。
先生が少年時代を過ごした家が今でも残されており、
「ドストエフスキーの家博物館」として一般に公開されています。
ド翁ファンなら是非一度訪れてみたいところ。
僕も表敬訪問して参りました。

ドスト先生は1821年生まれ。
当時、先生の父上は医師として病院に勤めていて、
その勤務先の病院でドスト先生は生まれました。
こちらがその病院です。
ド家博1 ド家博26
家族とともに病院の敷地内にある職員宿舎に住み、
ペテルブルクの学校に進む16歳の年まで、そこで暮らしました。
その宿舎だった建物が、現在の博物館です。
ド家博25 ド家博24 ド家博23

『地球の歩き方』の博物館の紹介記事には、
「17歳でペテルブルクに移った」と書いてあるので、
現地からのツイート(9/20)ではそれに倣って「17歳」と書きましたが、
博物館に掲示されていた下の説明文によれば、16歳が正しいようです。
ペテルブルクで進学したのが17歳だった模様。
ド家博2
ちなみに博物館内では、展示物の説明など、ほぼ全てロシア語表記です。
所々にこのような、英語の大まかな説明も掲示されてるんですが、
個別の展示物については完全にロシア語のみ。
ペテルブルクのドスト博物館には英語の音声ガイドもあったんですけど、
こっちにはそれもなく……。
日本人にはちょっと辛いですね。

博物館のスタッフの皆さんも、英語出来る人はいないみたいでした。
僕にロシア語が通じないと見て取った受付の老婦人は、何故かドイツ語(らしき言葉)に切り替えて話し掛けてきたのですが、何でドイツ語だったのかな?
地理的、歴史的に英語圏より関係が深いからか…。
その一件も意外な出来事として印象に残っています。


まあそういう訳なので、やはりある程度予習して行かないと、
自分が何を見ているのかもよく分からない、ということになってしまうのは致し方ないところ。
僕も殆どそんな感じでした。恥ずかしながら…。
帰ってきてから確認したことと合わせて、写真を紹介していきます。

まずは受付で迎えてくれる木彫りのド翁像。
ド家博3


ドストエフスキー家の人たちが住んでいたのは、この建物の一階部分。
こちらは玄関ホールのすぐ隣にある、ドスト先生と兄ミハイルが二人で使っていた子供部屋。
暗かったので手ブレしてます。すみません。
ド家博30 ド家博29 ド家博4


そしてリビングとダイニング……でいいのかな?
この真っ青な壁は…まさか当時からこんな色だった訳でもないんでしょうが、
それなら誰の趣味でこんな色になってるんでしょうか?
ド家博10 ド家博11


展示品の数々。
教科書らしき本や玩具など。
先の説明書きによると、ここの収蔵品はド翁のご遺族からの寄贈品で成り立ってるそうです。
本は本物の当時ものっぽかったですが、玩具の方はどうかな?
ド家博5 ド家博6 ド家博7
ド家博8


机周りの品々。
これも説明がなくて分からなかったのですが、
ここにこうして展示してあるってことは先生ご自身の持ち物、及び直筆なんですよね?
『罪と罰』の最初の方で出て来る母からの手紙、
便せん二枚にどう詰め込んでもこんな長い手紙が書ける訳ない、と読んでる時には思いましたが、
このメモ用紙の超細かい書き込みを見るに、先生的には普通に収まるつもりで書いてたのかも知れないなあと……。
ド家博18 ド家博17 ド家博31


先生のお子さんたちの写真。
赤ちゃんは長女のソーニャことソフィヤちゃん。
1868年とありますから『罪と罰』出版からもほど遠からぬ時期。
自作のヒロインと同じ名前を付けたのは、それだけ作品に愛着があったんでしょうね。
でもこのソーニャちゃんは、生まれて間もなく亡くなってしまったそうです。
二人で写ってるのは、次女リュボーフィ(姉)と長男フョードル(弟)。
ド家博19 ド家博20


先生の作品を紹介する部屋もあって、
各作品の場面を描いた絵なども飾られていました。
『罪と罰』から、
ソーニャに殺しを打ち明ける場面、ラスコーリニコフと金貸しの老婆の姿。
ド家博14 ド家博15 ド家博16


リビングやダイニングなどの生活スペースのある裏側に、
建物を貫く長い廊下があり……
ド家博13


その一番奥に、ご覧のようなサインが展示されていました。
これもロシア語の説明しかなかったので分からないんですが、
館内の最奥部に意味有りげに展示されているこれが、
まさか別人のサインてことはないですよね……?
ド家博21 ド家博22
………読めない。
キリル文字の筆記体なのかな?


とまあ、こういう感じです。
先述の通り、解説がないと分からないことは多いのですが、
正にこの場に初々しいドスト少年がいたんだなあと、想像するだけでも感慨深く、
行って良かったと思いましたよ。



この博物館は、都心部から外れた閑静なエリアにあります。
周りを少し歩いてみましたが、近くに大きな劇場と軍事博物館がある以外は、
アパートなどが建ち並ぶ普通の住宅街といった感じです。
Googleマップで空から見ると、凄く緑が多い。
賑やかな観光地に疲れたら、散歩してみるのもお薦めです。
ド家博32 ド家博27 ド家博33
ド家博34 ド家博35 ド家博36


博物館の最寄り駅は、ここ2〜3年くらいの間に出来た新駅、
ドストエフスカヤ駅です。
僕の持ってた『歩き方』は2011年版で、この本の路線図にはまだこの駅は載ってなかったんですが、今だと改訂されてるのかな?
地下鉄の路線は10号線。
駅名は勿論ドスト先生にちなんでおり、構内の装飾はドスト作品の場面を描いた壁画になっています。
こちらもファンの人には一見の価値あり、お薦めです。
ドスト駅1 ドスト駅2 ドスト駅3
ドスト駅4 ドスト駅7 ドスト駅6
ドスト駅5 ドスト駅8

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