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オランダの印象

ドイツでは三都市回りましたが、オランダで行ったのはアムステルダムの一都市だけです。なのでこの記事のタイトルは、本当は「アムステルダムの印象」とすべきかもしれません。
ドイツでライブ見るのが最初の目的だったので、当初オランダはおまけ的な位置づけだったのですが、でも結局、一番長く滞在した街はアムステルダムでした。

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最初にアムステルダム中央駅の駅前に降り立った時、綺麗だけど何もないところだなと思いました。何もないと言うと語弊がありますが、つまり一国の首都にしてはということです。
アムステルダムはオランダの首都ですが、政治の中心という訳ではないそうです。また高層ビルが林立するようなビジネス街でもありません。
見所は運河と古い街並の歴史的景観と、多くの博物館や美術館が抱える文化財の数々です。
特に絵画好きの人にとっては、レンブラント、フェルメール、ゴッホなど有名な作家の作品がたくさんあり、楽しみに事欠かないと思います。僕も美術館巡りがしたくてアムス行きを決めました。

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ケルンからアムスへ列車で移動する時、国境を越えたとたんに通り過ぎる駅や家並みの雰囲気ががらっと変わったのに驚きました。国境を接していても国が違えば大分文化が違う。
アムスの街に出てみると、人種の構成も結構バラエティに富んでいる事が分かります。ドイツでは白人以外はそれほど多くないと感じましたが、アムスではアフリカ系の人も中東系の人もたくさん見かけました。
港町で、世界中を相手に交易して来た歴史のあるアムステルダムは、外国人に対しても寛容な街なんだそうです。実際街で会う人たちも、みな態度がおおらかでフランクな感じでした。
道を歩いていても、オランダ語と同じくらい頻繁に英語が耳に入ってきましたが、あれはみんな外国からの観光客だったんだろうか。お店でも美術館でも英語が通じない人には一人も会いませんでした。

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日中美術館巡りをして夕方閉館になって外に出ると、その時間には他のお店も飲食店以外は閉まってしまい、一般のアムス市民がどこでどんなものを買って暮らしてるのか、覗いてみる事は出来ませんでした。
高緯度地帯で夏場は日の長い(10時過ぎてもまだ明るい)アムスでは、その長い長い夕暮れを、みんなが家族や友人と、運河をボートで流したり、ベランダで日光浴をしたり、公園でバーベキューしたり、カフェやバーでお酒飲んだりして過ごしてました。
商売で儲ける事より、自分が快適に過ごせる事が大事という価値観なのかなと思います。
みんな幸せそうで羨ましい。人生を謳歌してる感じに憧れます。

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思った以上にアムステルダムは居心地のいい街でした。短い滞在では見切れなかったものが沢山あるので、またすぐにでも再訪したいくらいです。
オランダはアムス以外の街にも有名な美術館などたくさんあるので、今度はゆっくり時間を取って回ってみたいです。


ドイツ・オランダ旅行の話は以上です。
予定外の回り道をしてしまいましたが、次回はまたペテルブルクに戻ってロシア旅行記を再開します。
去年の今頃はちょうどロシア旅行の準備してたな……。本当に書き終わる頃には一年経ってそう……。

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05:50 | ドイツ・オランダ旅行 | edit | page top↑
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